2015年3月20日金曜日

“違い”がおもしろい


英語と日本語でやりとりすることになった時。相手も、私も、お互いが話していることが、なんとなくしかわからないから、単語に身振り手振りや参考写真を添えてを「ああ!」という感じで。メールでやりとりする時は、私がいつも使っている日本語・日本語の文章をソフトで翻訳すると、おそろしいくらい意味のわからない英語になるので。シンプルに、端的にを心がけて。何度も翻訳しながら、試行錯誤。

相手の言いたいこと、気持ちや思いをわかりたい!私の言いたいこと、気持ちや思いを伝えたい!あの必死な感じ。それがコミュニケーションや表現力を豊かにするのではないかと思いました。

最近の若い子は「かわいい!」「すごい!」の一言で片付けると言われ、私も若くはないけれど、そのタイプ(笑)。それは言葉や表現を知らないのではなく、必死にコミュニケーションする機会がないのではないのか。第一声は「かわいい!」「すごい!」であっても、そこから一歩踏み込んで「どういうところがかわいいと思う?」「私はこんなところ」など、そこから会話が生まれない、続かないことが問題なのかと。その「かわいい!」「すごい!」の一言で、気持ちも思いも共有できたと満足してしまい、本当はそれぞれ“異なる気持ちや思い”があるにも関わらず、その“違い”を知るまでに至らない。その“違い”こそが、おもしろいのに!興味がない?時間がない?

その瞬間瞬間、会話を深めていくことはできなくても。相手とゆっくり向き合える時に深めたり、「私がかわいいと思うもの、それにはどんな共通点があるのだろう?」と自分と会話する時間を持つとよいのだろうなあと思います。自分のことを深めると、「相手はどういうところがかわいいと思っているのだろう?」と相手に対する興味もわいてくるのかと。

そういえば、私は娘の話をどこまで聞いているだろうか。話を聞いてくれる人がいる安心感、わかろうとしてくれる必死感・・・日常のなかでの、その積み重ねがコミュニケーションや表現力につながっていくのだろうなあと思いました。


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